初午祭の由来

 

 

 初午とは二月最初の午の日を言い、初午祭が行われる。

 稲荷神社は、山城の国(京都府)の伏見街道の東側の稲荷山にある一般には、稲を荷っているので稲荷と言われているが、本当は伊奈利山の地名から来ている。

 初午祭は、天明天皇、和銅四年(七一二年)二月初めの午の日に倉稲魂命が初めて、人々を救うために姿をあらわされ人々を救われたので、毎年二月最初の午の日に稲荷参りをするようになったのである。

 稲荷神社は次の三柱をご神体として祀っている。

 

倉稲魂命(うかのみたまのみこと)

素戔鳴命(すさのおのみこと)

大市比売命(おおいちひものみこと)

 

倉稲魂命は豊作の神として、素戔鳴命と大市比売命は夫婦で、五殻に功ある大年神(たたとしがみ)の親であることから、信仰されている。

 もともと、稲荷の神は田の神であるので、五課豊穣、商売繁盛、家徳繁栄を祈り、あわせて家内安全、無病息災を祈った。

 最近になって、子供たちの勉強が進むようにと言う意味が込められるようになった。

 稲荷神社の狐は、空海が唐土から帰るとき、白狐が仏法流法の為に、空海を守護し日本に来た。そして稲を荷える老人と化していた。

 京都東寺の門前で空海と再会し、空海がこれを祀って、東寺の鎮守にしたのが始まりで、稲荷の神を狐が守護しているのである。

 塚越稲荷神社では、天保元年以降(一八三〇年)、約一七七年以前から月遅れの三月に行われて来ている。

 

塚越稲荷神社